私は大学・大学院で、マーケティング・サイエンス学者の卵として、AIを支える技術(オントロジー、機械学習、マルチエージェント)を専門的に学んでいた弁護士です。そして、AIビジネスの立ち上げ支援、社内AI利用ガイドラインの策定、AI研修の講師を仕事にしています。AI以外の仕事もたくさんしていますからAIの専門家だと言うつもりは全くありませんが、そこいらの自称AI専門家とは格が違うと自負しています。
ところで、ソーシャルゲームでは、サービスが長期化するとキャラクターの数が際限なく増えていきます。そのため、多くのゲームでは、キャラクターの識別がつきやすくなるように、複数の絵師を起用しています。私は様々なゲームで結構な金額を課金しているのですが、お気に入りの絵師が描くキャラクターが実装されると、これ以上石を割りたくないと泣きながらガチャを回してしまいます。ソーシャルゲームを介して、私は絵師に貢いでいるようなものです。
現代社会ではネオ・ラッダイト運動が行われています。
最近目に付くのは、誰かがSNS上で生成AIを使って絵を生成していると呟くと、反生成AI界隈と呼ばれる絵師たちが集合して執拗に攻撃を開始することです。
反生成AI界隈の主張は「生成AIは自分たちが書いた絵を勝手に盗んでいる。だから著作権侵害だ。」というものです。
これに対して、ある連載漫画家が「自分も絵の勉強をするときに他人の漫画を模写していた。それと同じだと思えばよいのでは」と諭しました。
すると反生成AI界隈は「ならば漫画を生成AIに学習させて二次創作をするから許可を出せ」と迫りました。
当然連載漫画家は拒否しますが、反生成AI界隈は、これをダブルスタンダードだと批判するのです。
反生成AI界隈の著作権分野における教養の無さがよくわかるやり取りです。
残念ながら、弁護士の中にも著作権の教養がない人間がとても多いので、解説します。
AIの特徴は、学習プロセスと推論プロセスが分離されていることです。AIにおけるデータの入出力の流れは次の通りです。
①(人間)学習(教師)データの収集と入力
②(AI)機械学習
ーー以上学習プロセス、以下推論プロセスーー
③(人間)指示を入力、プロンプト+添付ファイル、(AI)RAG
④(AI)推論
⑤(AI)出力
連載漫画家が話す、自分たちも模写をした、というのは、①と②の学習プロセスの話です。
著作権法は、①において、情報解析のために著作物を学習データとしても、著作権侵害にはならないという例外規定を設けています。
著作権法
(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
ただし、特定の漫画家の画風を再現するために、特定の漫画家の作品ばかりを学習させれば、著作権者の利益を不当に害することになるので、この限りではありません。
反生成AI界隈が、漫画を生成AIに学習させて二次創作する、というのは、表現として正確ではありません。反生成AI界隈は学習プロセスには関与しえないからです。彼らが言う学習とは③の推論プロセスにおける入力です。
③の推論プロセスにおける著作物の入力は、私的使用のためならば許される余地がありますが、商用の二次創作目的ならば許されません。なお、AIにおける入力は、③データをAIのサーバーに複製する行為となります。さらに⑤の出力に類似性が認められ、③において依拠性が認められれば、⑤でも複製権や翻案権が侵害されます。その場合、⑤の出力を外部で利用することも新たな著作権侵害になります。
(私的使用のための複製)
第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
著作権法は非常によく作られていて、絵がうまくなるための模写(①)ならば許すし、私的な同人活動(③、⑤)も良識の範囲で許すが、著作権者の利益を害することは許さない、となっています。
絵師の作品が学習データに入ることがあっても、特定の絵師の画風を再現しようとした場合でない限り、著作権法によって許容されます(①)。
そして、連載漫画家の著作物を二次創作のために入力(③)することは、私的使用の範囲を超えるため著作権法によって許容されません。
反生成AI界隈の主張は、法的には、徹頭徹尾おかしいのです。
しかし、それでもなお、私には、反生成AI界隈の気持ちがよくわかります。彼らは自分たちが生成AIに淘汰されることを恐れているから、ネオ・ラッダイト運動に励むのです。
AIという言葉は、杓子定規の冷たい印象を抱かれやすいようです。
しかし、実際には、AIは、現実をよく再現するために、確率的にものごとを把握するように設計され、確率的な生成を行います。そのため、文字を出力する場合にはハルシネーションが問題となるのですが、絵を出力する場合には、幻想的な、人間では容易に持ち得ない発想をすることが稀にあります。AIの特徴は速さです。AIが確率論で動く以上、無限にリテイクを繰り返せば、必ず人間を超える絵を出力するのです。
AIの正体は、ムラッ気があるが仕事が速いアーティストです。私は、AI開発で用いられる技術を学んできたのでそれを知っているのですが、AIの正体を知らない人が多いから、AI議論は錯綜するのでしょう。
絵師は、運が悪いことに、AIの長所である創造性と速さに脅かされています。それを本能的に理解しているから、ネオ・ラッダイト運動に身を投じてしまうのです。
とはいえ、絵師にも生き残る道はあります。AIがアーティストとしての真価を発揮するためには無限リテイクが必要です。それはとても手間ですし、電力も消費します。
私が絵師ならば、AIを自分の弟子のように扱って、弟子の作品を自分色に手直しして世に出します。それをすれば、リテイク回数を大きく減らせますし、画風と品質が安定します。さらに弟子が育てば楽ができます。おそらく、ネオ・ラッダイト運動に参加しない絵師は、反生成AI界隈を恐れて口に出さないだけで、既にAI利用を実践しています。
AIには弱点があります。AIは考えないのです。AIは高度な学習を行い、物事の本質をよく見抜きますが、推論・出力の際には確率論で動きます。もっともらしい出目となるように調整されたサイコロを振っているだけで、考えてはいないのです。
AIと共存しやすいのは考えることに強みを持った人間です。連載漫画家はまさにこれです。読者の目線を誘導すべくコマ割りをして、一枚絵でも動きがあるポーズを研究し、必要な情報を与えつつも絵や行間を読ませる台詞回しを考えます。読者の反響を受け止めながらストーリーを変化させ、新キャラ投入などのテコ入れをします。頁数から逆算して次回への期待を煽る場面で回を終わらせて、逆に、単行本の終わりでストーリーが一段落するように調整します。連載漫画家は、絵のうまさだけで勝負しているわけではなく、それは原作者がついていても同様です。そんな連載漫画家にとって、AIは、深夜でも安価に素早く仕事をしてくれる頼れるアシスタントです。
私も考えることが仕事ですから、AIとは好相性で、だからAI関係の仕事を受注できていますし、日々の仕事にAIを役立てています。
ネオ・ラッダイト運動を眺めながら、そんなことを考えています。
最近、一番好きなゲームで一番好きな絵師の新規キャラクターが実装されません。WEBサイトの更新もありませんし、引退されてしまったのでしょうか。お財布は助かりますが、さみしいです。もし引退されたならば、その画風を再現すべく過学習したAIを用意してもらえればと思いました。著作者が、自身の著作物だけを過学習させた生成AIからの出力に当該著作者の権利が生じるようになれば、永遠に新作が生み出され続けるのに、と思いました。