#教育の話
2025年10月26日
テレビを見ていたら、労働事件における弁明の機会の付与について、気になるコメントが2つ出てきました。
別件での呼び出しで不意打ち的に聞かれても効果的な弁明はできない!
弁明の機会の付与の直後に処分発表だから処分は事前に決まっていた!
使用者側弁護士といっても、従業員から訴えられました、という段階から登場する場合もあると思います。私の場合は、どんなことでもできるだけ早くに情報を上げるようクライアントにお願いしていて、それができる距離感を作ろうとしていますから、調査段階からが仕事になります。
私が労働事件について調査する場合、弁明の機会の付与にはとても気を使います。被害者の迅速な救済、二次被害の防止、正確な事実確認、証拠保全、調査対象の不安定な地位からの早期解放、調査対象への手続保障、など、考慮すべき、ではなく、考慮しなければならないことが無数にあるからです。
私の場合は客観証拠の保全を最優先に考えるようにしています。幸いにして、現代社会では、メールの送受信履歴、貸与スマホの通話履歴、防犯カメラ映像など、デジタルフォレンジックによってかなりの解像度で事案が見えてきます。これに加えて、被害申告者や周囲の人間からのヒアリング報告書も作成してもらいます。この際には、調査の情報が漏れないことを第一にヒアリング対象を人選します。
本人以外から得られる情報をすべて集めてから、ある程度の処分方針を定めたうえで、本人側から事情を聞き取ります。それが弁明の機会の付与です。
ところが、経験上、事前に弁明の機会を付与するというと、当日になって急病などの理由をつけて逃げられることがあります。逃さないため、強制的に弁明の機会を付与するために、不意打ちをしています。不意打ちと言っても勤務時間内なので、調査に応じる義務があります。
すでに証拠保全は終えていますから、証拠隠滅や口裏を合わせられる恐れはありません。どうぞ、弁明の機会を思う存分堪能してください、という状況です。そこまで準備していれば、よほどのことがない限り、弁明を受けて処分方針が変わることはありません。動機や反省の程度を見極めることにして、軽い場合の処分はこちら、重い場合の処分はこちら、という用意をすることはありますが、それも含めて方針自体が動くことはほぼありません。
私の経験上、すぐに反省して全面降伏する人が大半です。
たまに根っからの悪い奴がいて、平気で嘘をつきます。それは証拠に反すると突きつけてやると、不合理な言い訳をはじめます。不合理な言い訳への対処は簡単です。「では、どのような事実に対してはどのような説明をしたと記録に残しますね」と確認すれば良い。ここで大抵の悪人は降伏します。論破が目的ではありません。あくまでも弁明の機会を付与しているのです。付与された弁明の機会をどう使おうが知ったことではありません。
知恵が回る、悪事に慣れている悪人は、混乱しているから考えさせてくれと返してきます。そうなれば「では日を改めましょう。弁護士同伴でも構いません。書面にまとめて提出してくれても構いません。」と伝えます。既に証拠は保全しているので、メール削除などの証拠隠滅や口裏合わせをされても処分が困難になることはありません。むしろ、証拠隠滅行為は処分を重くする方向に働きます。2週間経って、弁護士に相談中だというだけの書面が出てくることがありますが、その場合は「弁護士に相談するための十分な時間を与えたにもかかわらず、いまだ弁護士に相談中だとするのみでなんら弁明はなされていない」という評価をするだけです。
どうあがいたって詰みという状況を作り出してから、存分に弁明してもらうことが私のスタイルです。それでも、私はまだ遭遇したことがありませんが、誰かに脅されていたなどの事情が発覚すれば、方針を考え直すことになりますから、無駄な手続ではありません。
まれに、余罪をゲロってくることがあります。その場合はこちらも大混乱です。結果としては想定していた方針よりも処分が重くなりますが、自白した事実を尊重して、罪状よりは軽い処分を検討することにしています。素直にこちらが把握していないことを自白してくれれば、処分は軽くなります。なにやら最近の刑事弁護は全部不同意の戦闘態勢が基本らしいのですが、幅広い人生経験を積んで少しでも裁く側を経験していれば、それがどれほど心証を悪くするか理解できるはずです。
私の場合の冒頭のコメントへの回答は次のとおりです。
別件での呼び出しで不意打ち的に聞かれても効果的な弁明はできない!
→調べる側にとっては逃げられないことが重要で、不意打ちによる混乱の中で特定の結論に誘導する意図はありません。既に証拠は固めていますから、弁護士への相談も大歓迎です。
弁明の機会の付与の直後に処分発表だから処分は事前に決まっていた!
→それはありません。事前に処分を決めていなくても、きちんと方針を決めていれば、直後の処分は可能です。そして、方針を決めておかなければ何を聞けば良いかもわかりません。
タグに何をつけるか悩んだのですが、私の仕事のやり方は一般化できませんし、法律よりも思想や流儀の問題ですから、教育にしておきます。
2025年10月28日追記
なんか読み返してちょっと追記しましたが、刑事事件で学んだ思考構造が活かされていますね。もっとも、私は複数企業の労働案件をまとめて担当していますから件数が多いだけで、組織に所属するならば取扱件数は少なくなるべきですから、企業法務における刑法の優先順位は低いとは思っています。