弁護士は最強の国家資格です。他人の交渉事にお金をもらって介入することが許された唯一の資格です。
そして、最強の国家資格であるにもかかわらず、国家の管理を離れて、弁護士会が独自に管理しています。管理というのは、悪さをした弁護士を懲戒する権利を持っているということです。これを弁護士自治といいます。
2025年4月現在、私は日本弁護士連合会の会費と東京弁護士会の会費を合計して毎月3万円くらい払っています。いつの間にかずいぶんと安くなりました。月5万円くらいのイメージだったのですが、弁護士会館建設費用の特別徴収期間が終わり、少しずつ値下げ決議が繰り返され、今では3万円を切っていることに驚きました。
私が毎月3万円を安いと感るのは、昔もっと高かったからと、なぜ弁護士会費が高いのかを理解しているからですが、多くの弁護士は高いと感じているようです。
私の理解では、弁護士会とは弁護士自治とイコールで、弁護士自治を守るための費用として弁護士会費を徴収しています。弁護士会は、弁護士への苦情の受け皿となり、弁護士の素養を維持するための研修を提供し、弁護士の使命である社会正義の実現と人権擁護を果たすために法律相談等の事業を行い、公正な自治を実現するために弁護士会内で選挙を行っています。だからお金がかかります。
弁護士会費が高いという弁護士にそのことを説明しても、弁護士会がなくなれば、代わりに国がそれらを担ってくれるのだから問題ないと言われてしまいます。弁護士自治が失われることの怖さを理解できていないのです。
弁護士会は、弁護士自治について、かつて弁護士資格を国が管理していた時代に、国にとって不都合な弁護士が資格を奪われていたから、それを防ぐために必要だと説明しています。
しかし、もし現代社会において、国を鋭く糾弾する弁護士が不当な資格はく奪を受ければ、インターネットで大炎上し、政権転覆待ったなしです。国と戦うために弁護士自治が必要だというのは過去の話で、現代における弁護士自治の正当化根拠としては時代錯誤も甚だしいと思います。私が納得できない説明をしているから、弁護士自治は要らないと考える弁護士の登場を許してしまうのです。
弁護士自治が必要なのは、弁護士という職業の特殊性からです。弁護士は、民事事件では代理人を名乗り、刑事事件では弁護人を名乗ります。だから弁護士の本籍地は刑事事件だと言われています。私が刑事事件を扱っていたのは新人時代だけで、今は一切やりませんし、ほとんどの弁護士が、取り扱い事件の9割以上が民事事件です。それでも私は、弁護士の本籍地は刑事事件だと言われて納得しています。弁護士という職業の特殊性を端的に表しているからです。
私たちは契約書を作成する際に、反社会的勢力を排除する条項を書き込みますが、それでも、反社会的勢力の当番弁護が回ってくれば受けざるを得ません。これが弁護士のすべてです。民事事件では、人を殴って怪我をさせてしまった被告の代理人として損害賠償の減額を求めて戦います。本質は刑事事件と変わりません。
弁護士は、ややこしい依頼者の依頼を受けて動くことがあります。私の依頼者はクリーンな企業ばかりですが、それでも、その役員や従業員が悪さをしてしまう可能性は拭いきれません。そのような場合には、企業は加害者の立場になってしまうでしょう。弁護士の本籍地は刑事事件だと言われるのは、名乗り方だけの問題ではないのです。
ややこしい依頼者や、やらかした依頼者の代理人や弁護人として活動する以上、きれいごとだけでは仕事はできません。男性依頼者の愛人が妊娠し、代理人として依頼者の家族に知られないように注意しながら、愛人に解決金を払って中絶してもらう、ということもあるでしょう。企業で横領事件が起これば、新聞沙汰になって社会からの信用を失わないように、あえて警察への被害申告をせずに、自発的な退職と損害賠償の話をまとめることもするでしょう。
そんな仕事をしていれば、夫の愛人の妊娠中絶を知ってしまった妻から恨まれたり、不祥事に気づいた株主からなぜ警察に被害申告しないのかと責められたりもするでしょう。懲戒請求を出されることもあるでしょう。
私は、懲戒請求を受けることがあれば、同業者から見ても一線を超えてしまっていないか、という視点から判断してもらいたいです。同業者から、あんたも苦労しとるな、と思ってもらいたいです。同業者から見てもあかんことをしたとわかれば、反省して懲戒処分を受け入れます。
もし、懲戒請求の是非を市民感覚で判断されてしまえば、きれいごとを徹底しなければ懲戒処分されてしまうでしょう。裁判官が裁くのだとしても、公務員に、我々泥水をすすって生きている在野法曹のことがわかるはずがないと思います。私は弁護士として、まともに生きている社会人にはできない解決ができることに誇りを抱いています。
弁護士という職業の特殊性から、極限状況の中で、きれいごとではない解決が最善策となる場面に出くわすことが珍しくありません。弁護士自治がなければ、懲戒が怖くて、きれいごとではない解決をすることができなくなります。依頼者にとってはサービスの質が落ちるということです。弁護士自治は、弁護士のみならず、依頼者にとっても必要な制度なのですが、それを失っても良いと考える弁護士が増えていることに強い危機感を抱いています。