弁護士会内には会派と呼ばれる親睦団体があります。派閥と呼ばれることもあり、元々は、弁護士会長を出すための政治的な団体だったそうです。私が所属するのは500人程度の団体で、その中で弁護士会長になりたいと考えている人間は10人いないと思います。98%以上にとって、会派とは純然たる親睦団体です。ただ、会長になりたいという仲間がいれば、そうかそうか、じゃあ会長にしよう、祭りじゃ!といって楽しんでいます。政治とはお祭りで、候補者は神輿であり、担ぎ手もわっしょいできれば楽しいのです。そのため、私は、会派の本質は親睦であると信じて楽しんでいます。
以前、後輩から、会派は成功者の集いだと言われて、ショックを受けました。ドラマで見る悪い政治家や弁護士のように高級料亭での密談などごくまれにしか発生しません。先輩から、やたらと高そうなお店に呼び出されると悪い予感しかしません。私の経験上、100%、面倒くさい仕事が降ってきます。何万円か知らんけどここの食事代出すから逃げ出させて、と思うのですが、逃げ出せません。私が逃げ出せないなら先輩も高い食事をご馳走してくれる必要もないのですが、死地に送り出す兵卒へのせめてもの誠意なのでしょう。会派で高いお店に行く機会はそのくらいです。普段は、お姉さんのいるお店に行くこともほとんどなく、リーズナブルで料理が美味しいお店で食欲を満たしたら、後は延々大衆居酒屋やカジュアルなバーで飲んだくれています。そのため、私には、成功者の集いというイメージは一切ありませんでした。
ところで、弁護士は、法律という芸で身を立てる芸人です。職業を問われれば自由業と答えますし、堅気ではありません。そんな弁護士業界には、芸歴の長さを示す司法修習期によって上下関係を定めるという鉄の掟があります。
ただし、芸歴が長くなると立場が弱くなっていきます。老い先短い年寄りは未来ある若者に奉仕しなければならないという価値観です。若者発見!逃げられないように囲んで接待さしあげろ!高齢化が進んだコミュニティは自然とそうなります。下が自分より儲けていようが関係ありません。期が上ならば黙って財布を出すのがお笑い芸人の掟です。
若者は年寄りの財布を使えるのでお金を気にせずに参加できる文化なのですが、それがピラミッド構造を招いています。若いころは頻繁に顔を出していた連中が、お財布を期待される年次になると消えてしまうのです。
私は上から受けた恩は下に返せと育てられ、上からさんざご馳走になってきたので、然るべき年次になった今は、下を連れて飲み歩き、芸人文化を後世に伝えることが自らの使命であると考えています。ご馳走する側になると、安いお店で飲み歩いても、一晩に何万円かかり、それが月に何回か、年に100万円を優に超える飲食費になります。ざっくり試算すると、私が生涯でご馳走になるのは少なくとも500万円以上、ご馳走していくのは少なくとも1,500万円以上です。途中離脱者が多い中でも3倍程度で収まっているのは、私が特別多くご馳走になってきたからです。そんな計算をしていて、私もようやく気づきました。会派の中でお財布担当のお勤めを果たせるのは、生涯で8桁円を後輩にご馳走できる頭がおかしい人間だけです。人格的な是非はともかく、それが可能であるという一点において世間的には成功者と言えなくもないようで、後輩の言葉にも一理あるとわかりました。
会派に所属しているとお金が出ていくばかりですが、良いこともあります。例えば友人たちとおっさん旅しようぜと企画するとき、予算を気にせずに済むのです。互いの財布を気にせずに旅行を楽しめる友人がどれほど貴重か。しかも、友人たちはいずれも成功した同業者なので、仕事の相談もできますし、刺激を受けることも多いです。私にとっては、そんな、気兼ねなく付き合える友人たちと出会えることが会派の存在意義であり、私が参加する目的です。なるほど、私は、成功者の集いだからこそ魅力を感じて参加しているのかも知れません。