#法律の話
2025年10月5日
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高市早苗先生、自由民主党総裁就任おめでとうございます。
初めに断っておきますが、私は高市先生を支持していたわけではなく、どちらかというと、林芳正先生にもうちょっと愛想の良さを身に着けていただければ最適任だと考えてきました。
それでも高市総裁誕生をお祝いしたいのは、小泉進次郎氏だけは絶対に許してはならないという義憤にかられていたからです。さらに、総裁選にまつわる報道を受けて、テレビや全国紙といった既存メディアへの怒りもますます強まりました。
私が問題視しているのは、組織的な党員の離党処理問題です。
https://bunshun.jp/articles/-/82549
https://mainichi.jp/articles/20251002/k00/00m/010/273000c
昨年10月の衆院選で紹介議員が落選した直後の一括離党手続きならば理解できます。しかし、今年6月となると、既にポスト石破総理が取り沙汰されていた時期です。7月に参院選が必ず実施される状況で、そこでの自民党の敗北が濃厚であったのですから、当然です。
https://www.medical-confidential.com/2025/06/11/19076/
にもかかわらず、小泉進次郎氏は『自民党総裁選候補の小泉進次郎農相の側近が、小泉氏以外の候補を支持する神奈川県内の党員を意図的に離党させたとする疑惑を報じた週刊文春の報道について、党県連は2日、週刊文春編集部に抗議文を送付した』というのです。『県連は6月、党員の継続意思確認を誤認し、党員826人の離党手続きをしたことを認めている。一方、総裁選とは無関係で「事務的な誤りに過ぎない」としている。』ということですが、この『過ぎない』というのは、民主主義を根幹から否定する態度であり、到底看過できるものではありません(『』内はいずれもhttps://mainichi.jp/articles/20251002/k00/00m/010/273000c)。どのような選挙であっても、民主的な意思決定の根幹をなすのは投票権であり、その投票権を奪ったことに対して『過ぎない』という表現が出てくる事実のみをもって、小泉進次郎氏には総理大臣としての資質がないと私は確信しました。
大本命と目されていた小泉進次郎氏の敗因について、テレビや新聞といった既存メディアは、ステマ問題が大きかったと主張しています。馬鹿を言うな。ステマなどどこもやっている。
政治におけるステマは昨日今日始まった問題ではありません。インターネットメディアばかりが取り沙汰されますが、立憲民主党はブルージャパンに億単位の支援を行い、学生を名乗る者によるデモを支援してきたとされています。
https://cdp-japan.jp/news/20220107_2832
https://www.sankei.com/article/20220126-GWBVNHIWTVMW3DVKBXY5XB5PUE/
https://hanada-plus.jp/articles/1043
私は広告への助言でもご飯を食べている身分ですから、ステマにもモアスピーチで挑むべきであると考えています。ヘイトスピーチに対してもそうです。私はダブルスタンダードを使い分けるような下品な真似はしません。表現の自由を守るためには、自分が問題のあると考えた表現に対しては正しい表現をもって立ち向かうことが必要であると考えています。
ステマ問題など「政治家がそんなことして表にでれば、嘘の支持に塗り固められたどころか、組織的に他人を誹謗中傷する下品な輩なのだという印象を抱かれ、逆効果になることが明らかなのに馬鹿だなあ」と感じるだけです。
にもかかわらず、既存メディアは敗因はステマ問題であると報じている。既存メディアが高市新総裁を嫌っているという印象です。率直に言えば、私も良い印象はありません。それでも、既存メディアは「小泉進次郎氏はステマ問題というどうでも良い問題で負けたのだから高市新総裁の支持者は馬鹿だ」と言いたいのだろうと勘ぐっています。
日本国民は馬鹿ではなく、自民党員も馬鹿でありません。インターネットの普及によって既存メディアよりも正確に社会の病理を分析しており、既存メディアに流されることなく投票行動を行うようになりました。
私は秋葉原駅を利用しているので、オーバーツーリズムの結果、一部の外国人観光客が日本人ならばすることがないだろう迷惑行動を行い、駅員も警察官も言葉が通じる日本人にならば注意するだろうところを見ないふりをしていることを、日常的に目撃しています。大多数の外国人観光客には問題がないので、私は排外主義には断固反対しますが、駅員や警察官が取り締まりやすい環境整備などの対応が求められます。
にもかかわらず、立憲民主党などは、一部の外国人観光客によって現実に迷惑を被っている私のような国民に対して、外国人問題は存在せず問題視するのは排外主義であるとレッテルを張って攻撃してきます。私にはそれが何よりも許せない。立憲民主党による日本人攻撃に立ち向かわない自民党も頼りにならない。その声が国政選挙の結果になっています。極端な排外主義の台頭には私も強い警戒をしていますが、選挙においてサイレントマジョリティが勝利できる状況を、私は民主主義の勝利であると高く評価しています。
私がモアスピーチを重視するのは、誰にでも発信手段が与えられているからです。このサイトは敢えて発信しませんが、私には世界に向けた意見発信という選択肢があります。
そうではなかった時代、インターネットが普及していなかった時代、既存メディアに対しては規制が必要でした。だから私は、「椿事件」を強く問題視しており、既存メディアを一切信用していません。ご興味のある方は、ぜひ「椿事件」を学んでください。報道の中立性など幻想であることがおわかりいただけるはずです。
既存メディアにしか情報発信の手段が与えられていなかった時代、報道の中立性が求められていた。にもかかわらず、既存メディアは報道の中立性を守らず、国家権力もこれを実効的に規制しなかった。ならば報道の中立性は諦める。既存メディアの報道のうち、どこからがお気持ち表明で、どこからが世論誘導目的なのか読み取るべく、懐疑的な視点でチェックする。幸いなことに、インターネットの普及によって、全国民に意見の発信手段が与えられた。既存メディアに中立性を求められなかったように国民にも中立性を求めることはできない。だから規制せずにモアスピーチで戦おう。以上が私の態度です。
社会の分断、というのが既存メディアの流行語のようで、誰もがインターネット上で自由に発言できることが社会の分断を招いていると主張されることが非常に多いです。
しかし、私は弁護士ですから、友人と法廷でバチバチ戦いながら仲良く付き合うことが可能です。訓練された弁護士だけが特殊なのだと理解しつつも、人間は意見が異なるから交流できなくなるほど狭量ではないと信じています。
私は、CO2削減のためにも短期的には原子力発電に頼らざるを得ないものの長期的には核分裂に頼らない社会を目指すべきと考えており、侵略戦争を放棄しつつも交戦権がなければ自衛すら難しいという、折衷的な立場です。
是々非々で判断していれば、原発反対9条守れがセットになるはずがないのです。誰が多様性を否定しているのかを理解すれば、誰が社会の分断を招こうとしているのかも理解できます。だから既存メディアが社会の分断という言葉を使うたびに、鼻で笑っています。
小泉進次郎氏には総理大臣の資質が決定的に欠けていたため、既存メディアが目の敵にしていた高市早苗新総裁が誕生した。既存メディアは小泉進次郎氏の敗因としてどうでも良いステマ問題を強調することで、小泉アゲ高市サゲを画策しているが、それを見抜ける有権者は既存メディアへの反発をますます強めている。というのが私の現状認識です。
林芳正先生ではなかったことが残念ではありますが、私の意見イコール民主主義では断じてなく、民主主義の根幹を否定した小泉進次郎氏が敗北し、勝者となった高市早苗新総裁を攻撃する既存メディアが信用を失っている現状は、まさしく民主主義の勝利であると考えています。その限りで、自民党総裁選はとても良い結果であったと安堵しています。
強硬的な言動が目立つ高市新総裁に対して懸念があることも確かですが、その批判を受け止めていただき、より良い国家運営をしていただければと期待しております。また、党員離党処理問題の深刻さを理解して反省して謝罪して改善しない限り、小泉進次郎氏に未来はないでしょう。