弁護士は、新人時代に、必ず、知ったかぶりをするなと教えられます。私も教えられました。
教えに従い長いこと知ったかぶりを禁じ手として生きていたはずなのに、今では知ったかぶりでご飯を食べています。これは一体どういうことでしょう。
新人弁護士は社会のことなど何も知りません。スペックだけは高いですが、経験ゼロのよちよち歩きです。不安であるにもかかわらずプライドだけは高い。臆病な自尊心と尊大な羞恥心というのは、けだし名言です。
新人弁護士は知ったかぶりをしてしまいがちです。若い頃の知ったかぶりは、知らないことを知っているように振る舞うことです。ツッコミが入ればボロが出ます。弁護士は信用商売なので、ボロを出したら食べていけません。デビューした瞬間に試合終了です。だから知ったかぶりをしてはいけないのです。
知ったかぶりを我慢し続けていると、そのうちに、知らないことに出くわすと「なんすかそれ知らない」とノーウェイトで食い気味に聞けるようになります。知識と経験を積み重ね、知ったかぶりの発動機会が少なくなると、知ったかぶり欲が収まるのです。臆病な自尊心と尊大な羞恥心からの脱却です。
「そんなことも知らないの?」と馬鹿にされるリスクはほぼなく、「失礼しました。先生はご存じなくて当然の業界用語ですので説明いたします。」という返しを受けるようになります。
知ったかぶりを我慢しながら見聞を広めなさい、というのが、初期段階の指導になります。
経験を積むと、知ったかぶりをしなければならない局面も出てきます。未経験の分野について指導することを求められたときです。「経験もないのに指導なんてできないよ」と答えるべきかも知れませんが、ABCDEを話すときに、Dだけ経験がないということはよくあります。それで仕事を断るというのでは、受けられる仕事が無くなってしまいます。
そんなときは、Dを勉強して、ABCEで得た経験から現場を想像して、想像と一致する体験談を探して見つけて安心して、さも自分が体験したかのように偉そうに教えます。
周辺分野の知識・経験と想像力があれば、立派な知ったかぶりができます。新人の知ったかぶりと異なり、反証に耐えるロバストな知ったかぶりです。想像力を支えるのは理論と経験です。要するに、研鑽を怠らなければ自然と身につきます。
若いうちは知ったかぶりをするな。すぐにメッキが剥げる。
そのうちに、本物の自信が身について、なんすかそれと聞けるようになる。
さらに経験を積むと、ロバストな知ったかぶりでご飯を食べられるようになる。
その先もあるのかも知れませんが、私はまだ至っていません。
弁護士というのは面白い商売だなと思います。