私は神戸が大好きです。千葉県で生まれ育ち、30歳での司法修習で神戸に飛ばされるまで関西に行ったことがなかった私は、関西に対して下品というイメージがありました。修習地の希望も、千葉、東京、埼玉、以下一任で出しており、なぜ大人気の神戸に飛ばされたのか今でも不思議です。
しかし、生まれてはじめて神戸に行くと、人の温かさに感動しました。旅番組では人が温かいという表現がよく使われますが、そのたびに、うさんくせえ、逆に冷たい人間ってどこにいるのよ、と感じてきましたが、冷たい人間は京都にいます。
関西三都と呼ばれる京都大阪神戸は互いにいがみ合っています。関西人曰く、京都は排他的で大阪は下品で神戸はお高く止まっている。まったくもってそのとおりです。
京都人には地域カースト制度なるものが存在し、京都人同士で家柄や住所によるマウンティング合戦を繰り広げています。ある会食中に、場に2人の京都人が居合わせました。自宅は京都市内のどこという通常の会話だったはずなのですが、一方が口に出した住所よりももう一方の住所が格上だったらしく、傍から見ても厭味ったらしくうちはどこだからと自慢気に地名を告げました。すると負けた方が即座に、うちの本家はどこだから、と反論しました。自宅の情報交換は共通の話題を探るためのコミュニケーションだと思っていたのですが、京都人にとってはマウンティングだったのです。
大阪は純然たる異文化です。神戸の友人とともに梅田駅に降りた時、友人が、アウェー感を感じる、とぼそっとつぶやきました。私も感じていたので千葉県民だけでなく神戸人も同様だと知ってほっとしました。大阪人と接していると、彼らは威圧を目的として大声を出したり大げさなリアクションをしているわけではないことがわかりました。大阪人はサービス精神が旺盛で、人情があり、それが、パーソナルスペースが広い傾向にある関東人には疲れてしまうのです。実際の大阪を知って、嫌い、ではなく、合わないという印象になりました。関東との文化圏の違いを理解すれば、観光地としてはおすすめです。人も暑苦しいほど温かいです。合う人にはたまらない魅力があると思います。
神戸人はプライドが高く、神戸が最高だと信じて疑いません。しかし、土地へのプライドが良い方向に働いています。神戸の人たちは、私が千葉から来たと言うと、決まって、せっかく神戸に来てくれたのだから良い思い出を持って帰ってもらわないと神戸の恥だと歓待してくれました。神戸が好きなあまり神戸が嫌われることが我慢ならない、だから余所者に優しくするというのが神戸人に共通する意識なのです。
かといって、決して余所者を下に見ないところも神戸の良さです。神戸は余所者を受け入れて発展してきた新興の港町であるため、他所からの流入はウェルカムなのです。実際に、神戸人は、神戸に来てくれたという表現をよく使います。これが人の温かさだと感じました。
千葉県民は排他的ではありませんが、土地への愛着がありません。そのため、親戚や友人が遊びに来ても、千葉は何もないでしょ、という自虐から入ってしまいます。プライドのない千葉県民だからこそ、神戸のプライドに基づいた人情が心に染みました。そして、自分も神戸人になりたいと思いました。
私がこれまでに住んだことがある街を暮らしやすい順に並べると、神戸市中央区、千葉県習志野市、東京都日野市、千葉県船橋市、東京都千代田区、東京都文京区です。
東京の都心暮らしは、通勤拠点としては便利ですが、外食依存を強いられ、日用品の買い出しが不便なだけでなく、服や本を買うにも遠出する必要があります。スーパーやショッピングモール、家電量販店が近所にないのです。地価が高すぎるためか100円ショップもなかなか見つかりません。交通量が多く、夜は酔っ払いの叫び声が聞こえて、住環境は劣悪です。千葉を出て東京で暮らしてみると、郊外は千葉と変わらないし、都心部は人が暮らす環境ではないので、千葉の方がベッドタウンとして適しているとわかりました。神戸で、神戸で暮らし大阪に通う贅沢、というキャッチフレーズの新築マンションのチラシを見ました。これはそのまま、千葉で暮らし東京に通う贅沢に置き換えられるのではないかと感じたものです。神戸を好きになって、千葉のことも好きになれました。兵庫県と千葉県は、数多くの統計で驚くほど似た数字を示しています。
もっとも、千葉は暮らすのに不便がないというだけで、なかなかアピールしづらい土地であることも確かです。千葉産の食材は間違いなく美味しいのですが、日本中に出荷されていくので、千葉に暮らしているからこそ、というありがたみを感じる機会はありません。神戸は、千葉よりもさらに便利で、かつ、千葉で不足を感じていた華やかさがあります。確実に日本一、おそらく世界一暮らしやすい街だと思います。
神戸はとにかくコンパクトで、かつ無いものがありません。JR三ノ宮からJR神戸までの徒歩30分程度の間に、東遊園地、センター街、元町通商店街、中華街、旧居留地、北野坂、生田神社、ポートタワー、メリケンパーク、モザイクなどが密集しています。日用品から服飾品、電化製品まであらゆる買い物が徒歩圏内で完結しますし、アーケード文化なので傘も必要ありません。日常生活の中で気分転換に観光も楽しめてしまいます。神戸にいると毎日が楽しくて仕方がありません。ちょっとした買い物をして返ってくると、万歩計が1万歩を超えています。ついつい歩き回ってしまうほど魅力的な街です。
神戸は神戸だけで完結しているわけではありません。西は広島、岡山、姫路、東は大阪、京都、奈良、大津までアクセスが抜群です。神戸空港も神戸港もあります。交通至便とは神戸のためにある言葉です。東京都では、東京、上野、秋葉原、品川、新宿、渋谷、池袋と交通拠点が分散されていますが、兵庫県では三ノ宮に集約されています。北は六甲山、南は瀬戸内海に迫られ、平地が狭いからです。東西につながっていく山陽の交通網が、南北からきゅっと締め付けられた場所が三ノ宮なのです。観光地が密集しているのも同じ理由で、神戸は狭いから楽しいのだと思います。
自然豊かなところも神戸の魅力です。六甲山の緑は目に優しく、瀬戸内海の幸はとても美味しい。千葉は日本一標高が低い県でありこれといった山がありません。地元の山という視覚的要素が地元愛の醸成には不可欠のように思えます。また、千葉の中で人口が密集している京葉地域の海は東京湾に限られ、全く魅力がありません。九十九里に行けば太平洋を楽しめるのでしょうが、私の脳裏に刻まれた千葉の海は灰色の東京湾なのです。神戸も、大阪湾から続く商業港なのですが、国外の文化を積極的に取り入れてきた歴史的経緯からくる華やかさがありますし、少し西に行けば綺麗な須磨海岸が広がります。大阪湾というよりも瀬戸内海のイメージなので、京葉地方にはない海の魅力を感じます。
神戸は、人の温かさも日常の買い物も観光も交通網も山も海も全てが揃った完全無欠の街です。神戸を気に入りすぎた私は三ノ宮にタワーマンションを買ってしまいました。仕事で東京へ移った今は別荘となっていますが、いつか神戸で暮らせる日を夢見て、大型連休はいつも神戸で過ごし、神戸起点で近畿や中国への日帰り旅行を繰り返しています。まだまだ行きたいところが沢山あるので飽きることはありません。神戸以外を楽しむこともまた神戸でしか味わえない楽しみであり、だから神戸なのです。