2026年6月11日
亡くなられた安部元総理は良いところも悪いところもはっきりされた方でした。
政治信条は個々人の自由ですのでここでは評価しませんが、良いところは周囲を惹きつける力、悪いところは足を引っ張る身内を庇い過ぎてしまうこと、だったと評価しています。
安部元総理の路線を踏襲する高市総理には、周囲を惹きつける力がありません。これまでは高い支持率ですが、支持率というのは遠い人間からの評価です。ここで私がいう周囲とは、要するに派閥です。派閥と名乗らずとも、志を同じくするでも後見を買って出るでも崇拝の対象でもなんでも良いのですが、身近に自分を支えてくれる人がどれだけ集まるかが、政治家には特に求められます。高市総理にはそれがありません。
にもかかわらず、足を引っ張る身内を庇い過ぎてしまう悪い点だけを真似ている。だから劣化安倍晋三にしかなれません。
秘書を最後まで庇う自分に酔いしれているのでしょうが、「自分も秘書も面識がない」という言葉は、公人も弁護士も絶対に口にしてはならない言葉です。「自分は面識がない。秘書も面識がないと言っている。」これが正しい。秘書を信じる信じないではなく、なぜ証拠があるはずがないことを断定するのか。面識がないことを証明する手段は、面識がないという言葉と、相手方からの面識があるという証拠への反証だけです。
「秘書は面識がないと言っている。私としては信じるしかないが、疑うならば客観的な証拠から判断されたい。録音テープを聞かされても誰の声かは人間の耳にはわからず、専門家による適切な鑑定を受ける必要がある。私は秘書の人格を尊重しているから、上司としての立場から鑑定への協力を迫ることはしない。真偽をはっきりさせたいならば司直の判断に委ねるより他ない。議論は然るべき場所で行われなければ意味がない。法的な責任を追及されたいならば然るべき方法を取っていただきたい。ここはその場ではないと私は考えている。」
私ならばこう言いました。そう言っていれば、高市総理二転三転などと報道されることはない。二転三転しているのは秘書です。
それにしても野盗は相変わらず狂っている。野盗が思い描く、秘書が無償の選挙協力(中傷動画作成)への見返りにサナエトークンを認めたことへの連座制適用、というストーリーを証明することはかなり困難です。「無償の選挙協力を依頼した」「サナエトークンを認めた」では足りずに「見返り」であることが必要だからです。そもそも、現在は、有名声優が、自らの声を模したAI音声を用いた動画によって収益を上げているTikTokに対して、声のパブリシティ権を求めて裁判を起こしている時代です。声が似ている似ていないを争いたいならば声紋鑑定をしろ、その声紋鑑定はAI音声を見抜けるものなのかも技術的に立証しろ、秘書という私人を鑑定の場に引っ張り出すのだから正当な手続きをしろ、要するに、野盗が秘書の責任を追及して連座制の適用を狙いたいならば、刑事告発して司直の判断に委ねろ、ということです。
野盗は国会議員の仕事を嫌がります。それができる能力を持たないからです。私が高市総理を許せないのは、野盗に仕事をさぼる口実、餌を与えるからです。自民党議員には野盗から日本を守るという覚悟が足りません。野盗は存在しているだけで極めて有害な存在です。それを駆除すべく、餌を与えないように慎重に振る舞うことを、自民党議員に求めています。