2026年1月18日
事務所の理念は重要だそうですので、なんかひねり出そうと色々考えました。
不採用「他の人の助けになりたい」
とてもよく聞く理念ですから、真っ先に検討しました。
愛とは誰かを特別だと思う感情だそうです。つまり、博愛とは誰も愛していないということです。おそらく「他の人の助けになりたい」という感情の本質は「誰をも愛する自分が好き」という自己愛なのでしょう。しかし、私は、不器用な自分が好きではありません。だから不採用です。
不採用「弱い人を助けたい」
「他の人」がある程度具体化されました。
人間は、立場の互換性がなければ共感することができない不器用な生き物です。私は、自分が弱っているときには人前から姿を消して、伏して牙を砥ぐ人間です。だから私は、自ら戦う人間が好きです。それが弱い立場の人ならば、お節介でも助けたいと思います。そこに自分の姿が見えるからです。なによりも、正当な権利があるのに社会的な立場の弱さから実現できないときこそ、その不条理を正すことが弁護士の使命です。なるほど、「弱い人を助けたい」の採用率が高い理由がよくわかります。
しかし、弱者ならば何も差し出さずに強者から奪う権利があると考えている人間が数多くいます。道理を重んじ、弱さと正義を切り離している私にとって、多くの弁護士が想像するだろう弱者は加害者であり、倒すべき敵です。借りた金返せよ。約束は守れよ。だから不採用としました。
とはいえ、検討はなかなかいい感じ。「強者になろうと戦っている弱者を助けたい」ならば、かなり私の理念を言い表しています。私のモチベーションは依頼者の属性ではなく目的にあることが見えてきました。
採用「情けは人のためならず」
思考を変えて、私の仕事から帰納的にその目的を導き出そうと試みました。
私は企業の仕事ばかりしていますが、ガバナンスを整備すれば、社内の風通しがよくなり、みんなが気持ちよく働け、私も報酬と達成感を得られます。新規事業を立ち上げれば、社会に新しい選択肢が生まれて、私も報酬と達成感を得られます。弁護士会活動もそう。弁護士会が弁護士のために役立つ組織になれば、弁護士である私も達成感を得られます。私は根っからの経済屋なので報酬と達成感は等しく効用を高めます。そこに社会的意義があり私が達成感を得られるならば、私は金銭的には採算度外視で気持ちよくコミットします。
なるほど、私が組織的なプロボノ活動を好むのは、他ならぬ私のためです。「これから強者になろうと戦っている弱者を助けたい」のも、自己投影できるとともに義侠心が刺激されるからです。私に限らず人が勧善懲悪を好むのも、それが実現される社会であって欲しいという願望からです。社会が良くなれば、そこで暮らす私の気分も良くなる。私は「私を含むみんなのために頑張りたい」。
私ひいては当事務所の理念は「情は人のためならず」これしかありません。✕「情をかけても相手のためにはならないよ」という誤用ではありません。◯「巡り巡って自分の利益になるんだよ」こちらです。
こうして理念をひねり出すと、私が仕事を選り好みしながらも報酬にはこだわらないことには理由があるのだと自覚できました。なるほど、理念は重要です。先人たちが理念を尊ぶ理由がよくわかりました。
2026年2月10日
「説得して納得してもらう」
弁護士仲間と話していて、「クライアントが言うことを聞いてくれない」という悩みが多いことを知りました。
私の場合、「判断を丸投げせんといて」と思うくらい、言うことを聞いてくれます。多くの企業で、悩むことがあったら私に相談するようにお達しが出ています。
なぜかなと考えていたら、私は説得して納得してもらうことを何よりも重視しているからだと思い至りました。
同業者は、理路整然と説明して、おすすめの結論を示して、どうしますか、と判断を委ねているようです。
私は、理路整然と説明して、おすすめの結論を示すとともに、その結論を採用しなかった場合に想定されるリスクと、おすすめの結論が不発に終わった場合のリスクも示して、なんとかおすすめの結論を飲んでくれと説得します。
私は法律の力を信じています。
日本は法律がしっかりしているのだから、徹底して保身に走れば、結果的に利益と正義のバランスが取れると考えているので、正義感で仕事をしません。徹底して損得勘定で説得します。だから経営者の納得を得られるのだと思います。
2026年4月9日
「声なき声の代弁者でありたい」
なぜか私を目の敵にしてくる弁護士がいるのですが、その弁護士が後輩に対して、「多数派であるだけで敵だ」と話していました。なるほど。これが日本における左翼の発想で、実在するのだと感心しました。
私の発想は全く逆で、私から不合理に見えても、「多数派なのだからそこに合理性はあるはずだ。まずはそれを理解しよう。」と考えます。すると、立法事実の変化であったり、少数を救った場合に生じる思わぬ弊害の大きさであったり、私が不合理だと考えることに対するなんらかの回答が得られます。
ならばその回答に対してどのように応答するか、それが私の仕事です。少数に対して説明して納得を求めることもありますが、不合理の是正を求めて修正案を出すこともあります。いずれにせよ、多数派を敵視する姿勢は私にはありません。私のスタンダード(教義)は経済学なので、粛々と最適化を進めるだけです。学問とは宗教で、実務家を気取る私も、本質的に学問の徒なのだとようやく受け入れました。
少数に対して説明して納得を求める、というのは、納得という結果を求めるだけでなく、切り捨てるためのプロセスでもあります。手続保障とは必ずしも救うための論理ではなく、救われる機会を与えたのに無下にしたならば切り捨てても構わないという許容性の獲得手法です。説得を重んじる私は誰よりも残酷です。常に最後通牒を突きつけています。
「多数派であるだけで敵だ」のバリエーションとして、「お金を持っているだけで敵だ」「社会に受け入れられているだけで敵だ」というものもあります。レフトサイドの連中は、これらを併発していることが通常です。
私の発想は、「どうやってお金を稼いだのだろう」「どうして社会は受け入れているのだろう」という関心です。お金持ちはすべからくギャンブラーです。自分の能力だけを商品にする限り、労働集約的産業にしかなりません。単価を高めても天井は低く、だからお金持ちは他人を使います。
それを労働の搾取だという人もいますが、私にとっては就労機会の提供です。私もいい加減に人を雇えと言われますが、他人の品質を信用できないので、できません。だから人を雇える人たちを尊敬しています。
ある意味で他人に自分の人生を預けられるのが経営者であり、お金持ちです。だからギャンブラーです。
私の関心はお金という数字ではなく、どうやって勝ったのか、方法論に向きます。稀に、純粋に運だけでのし上がった人がいますが、次のギャンブルでコケる可能性があるので、私の尊敬対象外となります。多くは、初回はギャンブルだったものの、成長につれて分散投資して、 勝算を高めるべく工夫して、雪だるまのように成長しています。このモデルはよく見られるものですし、一見永遠の成長が約束されていそうですが、成長につれて投資対象を探す難度が高くなっていくので、どこかで破綻します。どこかで成長から持続にシフトする必要があり、持続は必然的に停滞を招き、停滞は再度の成長余地を生む場合があるので、企業には波が生まれます。結局、私がお金持ちを見て思うことは、サーフィン頑張ってね、に尽きます。それでも局所的に勝率を高める技術を学べることがありますから興味津々ですし、何よりも私が持ち得ない他人を信頼する度胸を持っているので尊敬します。
結論として、お金持ちの多くは尊敬の対象だが、稀に、純然たるギャンブラーがいて、それは尊敬対象外、というのが私のお金持ちに対する認識です。社会に受け入れられている人も同様です。尊敬できる場合が多い。
「多数派であるだけで敵だ」「お金を持っているだけで敵だ」「社会に受け入れられているだけで敵だ」私と相容れないこれらの声ばかりが聞こえます。そして多数派は、暴力的なレフトサイドに狙われることが怖いので、反論したい思いをぐっとこらえて、少数による横暴を許しています。
私は、ぐっとこらえている声の代弁者でありたい。多数派である必要はありません。私と同じことを考えていても、声に出すことが怖い人たちの代弁者でありたい。学問の徒である私が巨大ゴミや知識人を嫌うのは、知性がないからです。私はデモという暴力をちらつかせて議論の場を奪うレフトサイドに反撃したい。本来のデモとは、問題を知って欲しいという切実な思いの発露です。インターネットの普及によって誰もが情報発信手段を備えた現代社会において、デモは役割を終えたと考えています。だから現代のデモはシュプレヒコールによる威嚇に変質しました。目的が威嚇なのだから暴力に発展しやすい。私は暴力を何よりも嫌います。しかし悲しいかな、暴力を根絶する方法はさらなる暴力による暴力手段の破壊しかありません。イスラエルは一切反撃せずに飛来する数百数千のミサイルを迎撃し続けろと求めることは私にはできません。病院の地下にある軍事拠点には反撃するなとも言えません。それが私の正義です。
とはいえ、私自身は暴力を反撃手段としません。その代わり、言いたいことを言います。さりとて、おおっぴろげにする度胸もないので、こっそりと、検索サイトにひっかからない場所で、こっそりと言いたいことを言います。それでも、シュプレヒコールに怯えて声を出せない人の救いになると信じているからです。また、シュプレヒコールを上げたがる弁護士ばかりではないと知らしめたい。
「弁護士は弱い人の味方じゃないんですか?」「違う。自分が考える正しさの味方だ!」