どういう因果か、弁護士会やその中の会派で本を書く人になってしまいました。
自分で原稿を書くのは楽です。自分の頭の中を整理するだけで原稿になります。問題は編集です。ぶっちゃけ、編集するくらいなら全部自分で書いた方が仕事が早ければ質も担保されるのですが、若手に執筆の機会を与えようと頑張っています。
自分の頭の中を整理して本にするというのは当たり前のことだと思うのですが、若手の原稿を見ているとそうではないようです。
私も本を書くための調べ物はしますが、それは、自分の頭の中を体系的に吐き出すための参考としてです。すでに世にある本と内容が被るならば私が本を書く意味は失われるので、他人の本を読んで、先を越されたと思うことはあっても、執筆の手がかりとすることは決してありません。そもそも、弁護士に求められるのは自身の経験の言語化です。世の中には完全に同一の事件は存在しないので、自身の経験をロジックに当てはめるだけでオリジナルの原稿になります。弁護士はロジックに則って事件処理をしているはずなので、経験の言語化も容易です。
しかし、若い弁護士は、実務経験に乏しく、経験の言語化だけでは原稿になりません。それは仕方がないのですが、若者には若者らしい自由な発想が求められているというのに、若い弁護士ほど大怪我をしないために他人を真似ようとする傾向にあります。皆真面目なので、著作権侵害には注意していますし、出典も明示しますが、ぼくこんなにがんばったよ、とばかりに参考文献を並べ立てることに価値を見出しているようです。コピペ合戦に挑むが如しです。
思えばこれは当然で、私の学生時代も、多くの学生、院生は、教授陣から、論文は何十頁以上などのレギュレーションを課されていました。どうせオリジナルなど出てこないのだから、せめて頁数を稼ぐ副産物として多くの論文に能動的に触れて学べということだそうです。そんな中、私の論文だけが薄くて目立っていました。教授陣いわく、私はオリジナルだから薄くて当然、私にはレギュレーションの適用はないとのことでした。私は子供の頃から、大人に何か言われると、理由も告げずに私の行動を制限しようとする傲慢さに反発しながらも、大人がそれを求める理由を考えて、理解できたならば甘んじて受け入れており、行動は優等生でした。しかし心はアウトローです。コピペを求めても従わないアウトローにだけオリジナルであることを許してきた日本の教育がいけないのです。
そんなことを考えていると、自力でも通説と同じ結論に到れるロジカルなアウトローか、経験を言語化すれば原稿になるベテランにしか、書籍執筆の資格はないように思えてしまいます。
とはいえ、私が早い段階で本を書く人になったのも、若手時代に先輩たちからチャンスをいただいてきたからです。上から受けた恩は下に返せと弁護士になる前からずっと教えられてきたので、私には後輩にチャンスを与える義務があります。
実務経験がないならば想像力で補う、不安を感じるからこそ手段を選ばずに勝利を追求した結果オリジナルになる、そんな貪欲な人材ばかりだったら私の編集が楽になると思いました。
一つだけ言いたいことは、せめてコピペくらいはできるようになってくれ、ということです。漫然となされたコピペからは本質が欠落することが多々あり、引用者が理解していないとすぐにバレます。コピペっちゅうのは、自力でも同じ結論に到れる人間が、自身の思考過程をなぞるように出典の言い回しを引っ張ってくる作業を言うんだよ。オジリナルは期待しないから、せめて出典を理解してそれを要約すべく頭を使ってコピペしてくれ。それができればコピペ集は読み応えがある整ったキメラになります。キメラだって格好良ければ良いじゃない原稿だもの。
そろそろ気楽な原稿執筆期間が終わり、嫌でたまらない編集作業の時期がやってきます。頑張れ私。
2025年12月16日追記
今月はとても忙しいです。ただでさえ、人権大会やら総会やら忘年会やらがあるというのに、書籍3冊の再校が佳境に入りました。ついでに、今年は会派の政策綱領の取りまとめ役もしています。政策綱領も冊子を出すので、合計4冊の編集や執筆をしています。バカジャネーノ。本当バカジャネーノ。
来年は以前書いた本が売れたので、その続編の編集執筆です。もはや1冊だけなら楽なものだと感じるくらい仕上がっています。余力でもう1冊書きたいです。2冊だけなら今年に比べれば楽なものだ。こうして人は壊れていくのです。恐ろしいことです。
2025年8月22日
私が所属する弁護士会内の会派は、毎年8月に箱根湯本でガチ研修合宿をしています。2,000人くらいの会員のうち100人が参加する一大イベントです。
合宿を主催する会派は、3つの会派の連合体なのですが、3つの会派内会派のそれぞれが研修を用意して、親会(連合体)も研修を用意して、若手の会も研修を用意して、合計5つの研修が、順位付けこそ行わないものの、互いのメンツをかけて内容を競います。テーマも、それぞれが、聴衆に響くだろう旬のものを選ぶ(テーマが被ると事前調整を行い、力点を変えた研修になります)ので、大変盛り上がります。聞いているだけでも疲れますが、勉強になるので、研修合宿は我々の誇りです。我々は酒を飲むだけの集団ではないのです。
私は、所属する会派内会派枠で3回、若手の会枠で1回、合計4回発表者となり、大宴会の司会をしたこともあります。今年も設営担当で研修資料の取り立てをしていました。一体どうしてこうなったのでしょう。
明日から1泊2日の合宿が始まりますが、明日の夜は若い衆を引き連れて小田原に遠征し、夜通し飲み明かす習わしです。去年、資金援助だけしてホテルでまったり過ごしたら非難轟々だったので、今年は戦列復帰せざるを得ません。おじさん体力的に正直つらたんです。
なお、去年と今年は、研修の発表はお休みです。その分、去年は、東京弁護士会大本営が1週間かけて行う夏期合研のメインイベントの代表者でした。今年は、企業主催の公開研修の講師をします。毎年立場を変えながら、夏は研修講師をする運命なのだとわかりました。さらに、毎年、なんらかの書籍の執筆や編集をしているので、夏はその作業も発生します。私の夏は毎年忙しいのです。
くそ暑いのに私は一体何をしておるのだろうか。女の子と海やプールでキャッキャウフフな人生を送りたかったです。今の能力とできれば財力を備えたまま若い頃からやり直すことはできないものだろうか。能力リセットでのやり直しは御免被りたいので、だから世のお金持ちは若さを求めるのだと思いました。後悔ばかりの人生です。
2026年5月21日
暑くなってきました。研修の季節です。
というわけで、今年も箱根湯本で研修をします。しかも2本。二一枠で4回目、親和枠で初登壇です。過去には全期枠でも登壇したことがありますから、通算5回目と6回目、来年は二一枠の代表ですから7回目も決定済。今後は親和も増えていくでしょうから、通算で何回登壇することになるのかオラわくわくしてきたぞ。箱根湯本では宴会の司会もやったことがありますし、もはや夏合宿の化身だな。本当に後悔ばかりの人生です。
断れない男、というわけではありません。ただ、私が名簿上名を連ねている組織が誤りを発信することに耐えられず、我慢できずに是正の口出しをすると巻き込まれることの繰り返しです。つまり自分が悪い。良くも悪くも理解のある方々に囲まれていますから、私が口を出すと、それは広めなければと研修や書籍に発展します。若ければそれを手柄だと喜ぶ素直さもありましょうが、今の私にとって、今更研修講師が増えようが書籍執筆実績が増えようが、人生への影響はゼロ、得られるものは疲労です。だから何も考えないようにしているのですが、たまに我慢できなくなって、こうやって不満を吐き出しています。
自虐風自慢などと批判されることもありますが、私は言わぬが花の文化で育ちましたから、自慢したいときは、ぐっとこらえて、誰かが代わりに宣伝してくれることを待ちます。それが格好良いからです。
仕事で自慢を求められることもあります。企業での研修講師です。成功体験を語ることが求められるので、思う存分自慢します。言いたくないけど求められたから、という口実が得られ、言わぬが花というマイルールのうれしい例外になるからです。だから今は純然たる自虐と現状報告です。
現在のアカデミックよりのタスク
実施中:ライフワークの法務部員養成セミナー講師
なるはや:8年くらい前に書いた労働の本の第2版
なるはや:企業の集客セミナー講師
8月:夏合宿親和枠発表(AI)
8月:夏合宿二一枠発表(取適法とフリーランス新法)
秋から冬:東弁PT座長としての勉強会企画
顕在化していないアカデミックよりのタスク
来年8月:夏合宿二一枠発表(おそらく労働関係)
再来年2月の日弁連選挙で売る:上記発表の書籍化
近日中かも:某出版社から書籍のアイデア会議を求められている
老後は昔の名前で食べていきたいと企図しています。だからアカデミックよりの実績も残したいとは思っています。しかし、現状はオーバーペースです。もっとスマートに、必要なものを必要なだけ手に入れられる人生になりたいと切実に思います。偏りがあるから結婚できないのだと思います。
2026年7月16日
8月22日:法曹親和会:弁護士のためのAI実務研修
8月23日:二一会:取適法・フリーランス新法研修
8月26日:企業主催のオープンセミナー:法務部員のためのAIと個人情報保護法(理論編)
8月28日:企業主催のオープンセミナー:法務部員のためのAIと個人情報保護法(実践編)
1週間で4回の研修講師です。講師以外では、これらに先立つ8月上旬の企業セミナーのターゲティングや、10月に開催される弁護士会内のセミナーの手配もしています。私は弁護士ではなくフリーランスの法務部員だとうそぶいていましたが、さらに別のなにかになっていました。一体どこに向かっているのだろう。
2026年8月27日
週に4回のセミナー講師も残すは明日だけとなりました。
というわけで、新しいタスクが次々と積み上がっています。
8月22日:法曹親和会:弁護士のためのAI実務研修⇒内容が濃すぎたので、薄めて続編をすることになったで。
8月23日:二一会:取適法・フリーランス新法研修⇒若手弁護士に研修講師の機会を与えるために、一般の方(企業の方)を集客するセミナーをやりたいな、という話に発展したで。
8月26日:企業主催のオープンセミナー:法務部員のためのAIと個人情報保護法(理論編)⇒主催企業の社内向けに内容を噛み砕いて話してくれ、という依頼を受けたで。
(NEW!)弁護士会:10月に土地家屋調査士をお招きして弁護士会で相続セミナーを主催するんやけど、その次は、我々が講師となって一般の方向けに相続セミナーを開催していきたいね、という話が持ち上がったで。
(NEW!)二一会:来年の夏合宿の準備は、一般の方に向けた取適法・フリーランス新法セミナーが終わり次第開始するで。
新件5件のうち、ダイレクトにお金になるのは企業がらみの1件だけです。ただ、弁護士向けのAIセミナーと、来年夏合宿に向けたセミナーは、書籍化を検討しています。取適法セミナーと相続セミナーは、若手の弁護士にチャンスを与えることが主眼の純度100%のボランティア(運営を仕切って、適宜発表も補佐します)です。
お金1:アカデミックの実績作り2:ボランティア(若手支援)2
うーん、バランス悪い!とはいえ、会派をボランティアからアカデミックの実績作りにスライドさせることができるようになってきました。ボランディアは恩返しであり心が軽くなるので無問題ではあるのですが、その内容を煮詰めていってアカデミックに仕立て上げ、その実績をいずれお金に変える。右から左に流してくというのが、当事務所の戦略であるわけで、将来性にご期待ください。
2026年10月15日
週に30時間くらいしかお金になる仕事をしていないと言っていたな。あれは嘘だ。
私は主体性のない男ですので、座して仕事を待つのみです。ボケーっと過ごしておっても毎日平均3,4件の小さな依頼が来ます。簡単な契約書チェックで30分以内に終わるもの多いのですが、中には丸2日かかるものもあり、均すと1件1時間では足りないというくらいです。急ぎのものもあれば急ぎではないものもあるので、大体1日5時間くらい働いて、土日を休めるペースで消化できます。たまに土日の緊急対応が発生しますが、そんなときは翌週に勝手に休みを作ります。年間130日以上は確実に休めています。産休明けの時短勤務よりも働いていない!これはあかんすよ!働き者の同業者はわしの3倍以上働いているっすよ!
それでも、仕事の量あるいは成果物の量は、横ばいかやや増えているのです。どう見てもAIのおかげです。本当にありがとうございました。
手が空いた時間に何をしているのかというと、最近は会務よりも勉強です。時々で興味があることを調べてばかりです。調べ物にもAIを使います。AIは商売道具であり娯楽なんだな。
もちろん、遊びの勉強には娯楽以外の意味もあるわけで、ネタ探しです。私は仕事にテーマを持っています。この会社には大きくなってもらいわしが育てたしたい、この会社ではこの事業を成功させてもらいわしが育てたしたい、この会社ではこのプロジェクトを誘導してわしが育てたしたい。要するに色々な場所でわしが育てたしたいんよ。そのためなら採算度外視でコミットするし、わしが育てたに使えそうな知識の仕入れにも余念がないんよ。会派の研究部で働き方改革を取り扱うのも、そこで磨いた見識を取引先に注入したいんよ。私のこのスタンスは、私の業態に興味津々の仲が良い先輩に根掘り葉掘り聞かれた際には納得してもらえたので、おかしなことではないと思います。
そんな感じで遊んで暮らすことが許されるばかりか、先生と頼ってもらえるのですから、弁護士というのは恐ろしい資格だと思います。現状は座して仕事を待つというのも不正確で、座して降ってくる仕事を処理しながらネタを探して勉強しています。
私は司法制度改革の被害者であり成功例です。
司法制度改革では、弁護士を増員すれば司法サービスが社会の隅々までいきわたり、多様な法曹像が実現できるとされました。法科大学院制度が導入され、一発勝負であった旧司法試験は廃止されました。私は司法制度改革に乗っかればウハウハだと安易に考えて弁護士を目指しましたが、力がついたころには旧司法試験の合格率は1%未満となっており、安全策をとって法科大学院経由で新司法試験に合格しています。当時は予備試験もなく、法科大学院制度のせいで合格が後れたという思いがあります。
当時の法科大学院は盛り上がっており、私の周囲にも、成功しているベンチャー企業社長や東大卒の開業医などがいました。司法制度改革は本当に華やかでした。ところが、新司法試験は半端に難しく、法律以外の出身で合格したのは、身の回りでは私だけでした。既に他分野で成功している方は見切りが早く、コスパが悪いと判断すれば即撤退したというのも、他分野出身者を取り込めなかった原因だと思います。合格が難しいことが問題ではなく、誰それ構わず法科大学院に受け入れ、時間とお金を注ぎ込ませた後に不合格をつきつける阿漕な商売が嫌われたのです。
私は弁護士になりたかったわけではなく、弁護士資格を兼ね揃えた経営学・マーケティング出身者になりたかったのですが、司法制度改革は理念を掲げるのみで具体的な進路は用意されていませんでした。やむなく自力開拓してなんとか生きていますが、その中で弁護士資格が武器になることがわかりました。弁護士法第72条により、親会社の法務部員が子会社の法務をみることにすら制限があります。そんな中で、フリーランスとして複数の企業から同時に法務の仕事をいただけるのは弁護士の特権です。今の私は弁護士資格を利用してやりたいことをして生きていられるので、司法制度改革の成功例なのだと思います。
司法制度改革による制度の混乱に苦しめられた、しかし賛同した理念を自力で実現した、というのが私なので、法曹養成には強い関心があります。今は忙しくなって退きましたが、以前は東京弁護士会法曹養成センターの副委員長を長く務めていました。
法曹養成について色々と考えてきましたが、シンプルな結論に至りました。皆が弁護士を目指して、弁護士になりたくてもなれない状態を作り出せば、弁護士の能力は担保され、社会的影響力は増して、業界が盛り上がります。そのために必要なことは2つあります。1つは弁護士の魅力を発信すること、もう1つは夢破れた場合のセーフティネットを用意することです。
個人でセーフティネットを用意することは難しいのですが、せめて弁護士の魅力は発信したいと考えています。私は弁護士の多様性の体現者なので、弁護士資格が持つ可能性を示すことも、このサイトを開設した目的です(だったら検索サイトに非表示リクエストするなと言われそうですが、それはそれ、目立ちすぎると言いたいことが言えなくなってしまいます。)。弁護士会で、弁護士の市場拡大(生前の相続対策)に向けたプロジェクトチームの座長をしているのも、職業の魅力を高めるためです。
私には、弁護士が食べられないから司法試験合格者を減らそうというネガティブな発信することが理解できません。弁護士は他人の人生や社運を預かる職業なのですから、貧しくとも虚勢を張って顧客に安心していただくことは責務です。武士は食わねど高楊枝という言葉は真理で、士業の頂点ならば相応しい振る舞いがあります。私も独立して5年くらいは食べるのが精一杯の稼ぎしかありませんでしたが、貧しさを見せないように背伸びして、高いスーツ、高い時計、高い靴でいました。お客様には見抜かれていたと思いますが、それでも、安心させようと無理をする心意気は伝わっていたと信じています。とはいえ、最近は心意気を失ってビジネスカジュアルで誰とでも会ってしまいます。年齢と自信が身についたためか、どんな格好でも丁重に扱ってもらえるので、油断してしまうのです。もっとも、それはそれで自然体という褒め言葉があるのかなと思います。なお、私は、弁護士が食べられるようになるための司法試験合格者数削減には反対ですが、合格難度を保つための一時的な司法試験合格者数削減には賛成です。
受かれば楽しいぜ、なかなか受からないけどな、受からなくっても心配するな、努力が報われる道は用意した、とチャレンジを後押しできる社会を実現したいです。それが私の法曹養成です。
2025年8月22日
私にはライフワークとしている事業があります。
これです。法務部員を育てる事業です。
主催企業の思惑は、法務部員の人材紹介です。
私の思惑は、法務部員の楽しさの啓蒙です。
ほとんど私の持ち込み企画であり、主催企業と利害の一致を見て、お手伝いいただいているというのが真相です。
私は現在フリーランスの法務部員のような働き方をしています。私は、勤務弁護士、国会議員秘書、会社員、経営者弁護士を経験しましたが、ダントツで楽しかったのは会社員です。しかし、自主的な上場廃止という、自分ではコントロールできないイベントによって、退職しました。だから自分の人生の下駄を他人に預けたくないと思って独立しました。
独立後、普通の弁護士として生きていましたが、たまに新規事業の話が来るととても楽しく、やはり会社員が向いていると思い始め、それでもせっかく私を経済的に支えてくれる顧問先もあるので会社員には戻れず、思い悩んでいました。贅沢な悩みだと自覚していますが、それでも悩みは悩みです。
そんなときに、友人が、半分法務部員、半分弁護士をしていると話していました。法務部員から弁護士に転職しようとしたら前職に遺留された結果だということでした。経緯はともかく、私は、そんな働き方があるのかと食いついて、時間をかけて、なんちゃって法務部員として私と契約してくれるクライアントを探し出しました。なんちゃって法務部員としての実績を重ねると、段々と次のクライアントを見つけやすくなります。そして現在のフリーランスの法務部員という働き方を実現しました。
私にとって法務部員はとても楽しい仕事です。それを広めたいというのも、このサイトを開設した目的の一つです。
私は弁護士になりたいと思ったことはないのですが、受験生時代も今も、周囲は弁護士になりたかった人ばかりです。そして、弁護士になれなかった人、弁護士にはなれたものの食べられなくなってしまった人をたくさん見てきました。
世間では、司法試験に落ちてしまったらせっかく学んだ法律を活かすために法務部員になれば良い、弁護士として食べられないなら法務部員になれば良い、とよく言われます。これは現実を知らない話です。
法務部員になれるのは、若くて法律に詳しいか、法律に詳しくて組織に順応できるか、どちらかの人材だけです。
司法試験に落ちてしまった人は、合格するまで受験し続ける覚悟で戦ううちに、若さを失ってしまいます。若さを失うまで戦い抜いてしまうと、組織への順応も期待できません。
弁護士は、若い頃はボス弁が食べさせてくれます。食べられなくなるのは、自力集客が求められる中堅以降になってからです。やはり若さを失っており、組織への順応も期待できません。
そんな残酷な現実を見てきました。
もう若くない私がフリーランスの法務部員を気取れるのは、若き日に組織の中で馬車馬のように働いた経験と実績と能力があり、複数の企業からフルコミットを求めてもらえるからです。
法務部員って楽しいよ。司法試験に受かろうが落ちようが、弁護士だけでなく法務部員も学んだ法律を活かせるよ。だから早くこっちにおいでよ。
それが私にとっての事業の目的です。
楽しいことを啓蒙しつつ、夢破れた仲間たちの悲劇を繰り返させないためのセーフティネットにもなります。
弁護士をしていると、自然と社会正義を実現したくなります。社会正義の形は色々とありますが、私にとっては法曹養成と法務部員育成が、なしたい社会正義です。
私一人の力では限界がありますが、本当に幸いなことに、私がなしたい社会正義に賛同していただける企業と巡り会えました。ならば幸運を活かすべく全力を注ぐだけです。私の夢に付き合わせてしまった主催企業に、金銭的にお返しがしたいという責任感もあります。2015年10月に独立して約10年、会社員時代以来のワクワクする日々を過ごしています。
2026年5月28日
人を育てることはとても難しいです。
私はいろいろな方からいろいろなことを教わって育ちました。しかし、それを再現することはできません。
私はいろいろな方に教えを請うてきたからです。能動的に学んできたから伸びた。単純な話です。
世の中には、私のように自律的に成長する人間と、成長させて欲しいと願う人間がいます。この他に成長を望まない人間もいますが、論外です。
自律的に成長する人間はどこででも必要とされ、どこででも生きていけます。私のライフワークの本質は救済ですから、その対象外です。
だから、成長させて欲しいと願う人間を成長させる必要があります。
自分の能力に不満や不安がある、成長したい、そこまでは良い。
しかし、成長させて欲しいと願う人間は、私のように、自らが求める能力を伸ばせる環境を狙いすましてそこにいるわけではありません。ただ、伸ばしてくれるという場所に参加して、さあ伸ばしてくれと期待するだけです。場に参加する時点である程度の能動性はあるものの、私が期待する水準にはなく、私の評価としては受動的です。要するに、ガツガツしておらず、単に餌が欲しいと口を開けているだけです。
それでも、餌をくれる人間に近づいてくるだけマシです。間違いなくライフワークにおける救済対象です。
自律的に成長できる人間に共通するのは、独自のスタンダードを持っていることです。私の場合は経済学です。利益の最大化、徹底した最適化が私の行動原理ですから、迷うことがありません。
この迷わないというのがとても重要で、漠然と成長したいと願うだけでは、自分に必要な能力が見えてきません。あるのは自分に対する不満と不安だけで、成長というポジティブな言葉が、実は逃避行動に過ぎないという残酷な現実があります。
だから迷わないようなマインドセットを伝えても、そんなことよりも実践的な内容を教えろと言われてしまいます。
実践的な内容を伝えると、必死に暗記しようとされてしまう。そうじゃないんだよ。これは一例なんだよ。未知の問題を自力解決できることが重要なのであって、同種事例の定型的処理だけでは実務では通用しないんだよ。だから普遍的に通用するマインドセットを伝えているのに、嫌な顔をされてしまう。
私のような成長力を備えていない人間を成長させることに苦戦し続けた結果、悟りを開きました。
人を成長させるスキルの獲得は諦めました。そのようなスキルの持ち主を見たことがない。私は元々成長できる人間で、それを見抜くスキルの持ち主が私を抜擢して、私が期待に応えて成長してきただけだからです。成功者の多くは、成長する人間を見抜くスキルを有していますが、成長させるスキルの持ち主はおそらく存在しません。思えば、人のありようを変えるなど神の領域です。
そこで、私が身につけるべきは、人を成長させるスキルではなく、人を仕立て上げるスキルなのだと定義し直しました。
一定の素養は必要となるにせよ、このマニュアルに従えば一端の仕事はできるよ、というマニュアルの作成ならば、私にもイメージできます。私はできることしかイメージできない人間です。とすれば、イメージできるならば実現できるはず。既に実施している実践的な講座の位置づけを、マインドセットの汎用性を示すための一例から、暗記すればその場しのぎになる流用しやすい知識の開示に変更するだけです。
私が人を仕立てるスキルを獲得したとして、私に仕立てられた人は、時代が変わってマニュアルが陳腐化すれば無力化するでしょう。それは自己責任だと諦めることにしました。そこまでは救済しないと決めました。
もちろん、私が仕立てた人間が、自ら成長する力を身に着け、私のマニュアルを離れても生きていけるようになれば、それが最高ですので、期待しています。この期待を、望外の望みと位置づけることにしました。
なぜ私が伝えたいことが響かないのかと悩んでいましたが、救済範囲を狭めることで気が楽になりました。
2026年9月3日
先日もいつものように弁護士仲間と飲んだくれていたら、今後の研修のテーマについて示唆を得ることができました。
会話のとっかかりは、「AIは速いけど馬鹿だよな。」という、皆が抱いている日常業務での感想でした。
私は「AIが登場する前に、AIが馬鹿だと見抜ける域に達していた我々は幸運だった。これからの若者は、そこに便利なAIがあるのに頼ってはならないのだから大変だ。」と言いました。
その場に居合わせた弁護士は「若手には、AI出力の正誤を判断できるようになるまでは、AI断ちをさせるべき」という結論で、一旦は一致しました。
話はAIを離れて、若手の育て方に移ります。
先輩たちは「若手アソシエイトに任せるよりもAIに任せた方が速いし、どうせ手直しが必要なのだから、アソシエイトは要らないというのが本音だが、自分たちが育ててもらったのだからバトンをつながないと、と思っている。」と話しました。
私にもバトンをつながなければという想いがあります。しかし、業態が特殊なので、人を雇えません。せめて、司法試験に落ちてしまった人たちの時間が無駄にならないように、弁護士になれたものの向いていないと感じている人たちがやり直せるように、法務部員養成をライフワークにしています。その話をしたところ、先輩たちにどんなことを教えているのかと聞かれて、「『それは違法です』で止まるな。ビジネス構造と法律の要件を分析して『こうすればいけるかも』という提案ができるようになれ。などのマインドセットを叩き込んでいる。」と答えました。
奇しくも、ある先輩も、いつもアソシエイトに「お客様は『どうすればできるか』を聞いてるのに、『できません』じゃないだろう。答える前に考えろ。」と怒っているそうです。弁護士も法務部員も必要とされるマインドセットに大きな違いはないのかも知れません。
その先輩のアソシエイトがあまりにもお客様に寄り添わないので、先輩は、あらゆるアソシエイト作成書面を提出前にチェックしているそうです。チェックには時間がかかりますし、チェック着手にもアソシエイトの作成終了を待たなければならず、先輩は、アソシエイトへの不満をため込んでいる様子でした。
そして遂に「俺に見せる前にAIに添削してもらえ。悩んでいる暇があったらAIに聞け。何も知恵が出てこない無駄な時間を減らせ。」と言ってしまったそうです。先ほどの結論に賛同しておきながら真逆の行動をしているので、やっちまった、という空気になりました。
私は堕落しきった弁護士なので、誰に指示されずともAIにどっぷりと依存しています。法律相談に回答する際には、AI出力をコピペして、「このAI出力の内容は私と同意見であることを確認している」と伝えることが多いです。ただ、その裏では、私の意見と一致する出力がなされるように、AIと格闘しています。
近年の相談者は、私に相談する前にAIに相談しています。あるとき、私が相談者に対してAI出力を示したところ、「事前にAIに聞いたら別の回答だったが、私がいつも言っていることと異なるから信用しなかった。どうやって正しい出力を引き出したのか、プロンプトを見せて欲しい。」と言われました。チャット履歴をお見せしたところ、「ここまで丁寧にAIに対して説明するのか」と驚いていました。
AIへの相談も、弁護士への法律相談と、全体構造は変わりません。
相談者は、弁護士から、相談者にとって都合よい回答を引き出そうと企みます。不利な情報を隠して弁護士を誘導します。これはプロンプトエンジニアリングの技術です。
ところが弁護士は、相談者の企みにはまって懲戒ルートに乗りたくはないので、警戒心を働かせて、想像力を働かせたり補充質問をしたりして、真実を探ろうとします。AIには、この機能は備わっていません。だからこそ、AIから正しい出力を引き出したいならば、自ら情報を伝える必要があります。
欲しい回答を引き出そうとする技術+必要な情報を不足なく伝える技術
それがプロンプトエンジニアリングであると、私は考えています。
先輩のアソシエイトにAIを使わせても、おそらく碌なことになりません。アソシエイトが「AIはこれで問題ないと言っています」と強弁し、先輩が怒り狂う姿が目に浮かびます。だからアソシエイトに、プロンプトエンジニアリングを叩き込む必要があります。
AIの出力の正誤を検証できる力の獲得には時間がかかる。だからAIと壁打ちしながらの独習の下準備としてのプロンプトエンジニアリングが求められている。というのが、現在のところの私の結論です。若手にAI断ちをさせようという結論は早くも覆りました。
問題は、私がプロンプトエンジニアリングを説明できないことです。私は学生時代にオントロジーを専攻しており機械学習プログラミングも行っていました。プロンプトエンジニアリングなど、呼吸をするように当たり前にできてしまうので、反って教えることが難しい。
と、いうわけで、今更ながらLLMベンダーが公開しているプロンプトの解説を(AIに要約させて)読み漁っているのですが、新情報なんてあるわけがない!
コンテキストの充実⇒具体的な作業指示、が鉄則やで。
~はしないでください、なんて言われたら混乱するで。~してください、と指示するんやで。
一撃必殺のプロンプトなんて要らんで。マルチターン会話(チャットやスレッドの利用)で研ぎ澄ませていくんやで。
難しいことを聞いたらAIも混乱するで。質問を小出しにして一つ一つピンでとめていくような問答をするんやで。
私がセミナーなどでお伝えしていることとなんら変わりありません。LLMベンダーの中の人は流石にちゃんとしています。もうね。自分と同じ意見を見ると、こいつは優秀だと思うようになっている。私が正しいという結論が揺るがない。老害化が着々と進行しています。こんな老害が若手を教えようなどと烏滸がましいにもほどがある。喝ですよ喝!
2026年9月8日
この言葉を口にする人はAIに関する知識を持っていないか、自分のフィールドで質が低い仕事しか提供していないか、どちらかです。
AIは機械学習に基づきます。だからAIの質は学習データの質に依存します。質が高い学習データを用意することがどれほど難しいか。
私はビッグデータという今となってはクソみたいなデータがもてはやされた時代を経験しています。世間がクソなので世間から情報を集めても肥溜めにしかなりません。私たちがAIを使っていて、AIもまだまだだな、と日常的に感じるのは、AIがまだまだなのではなく、世間はそのレベルだという残念な事実に起因します。
シンギュラリティを、あらゆる人類に打ち勝つことと定義してしまえば、実現はあり得ません。インターネット上で、自称専門家がえらそうに公開している情報など、素人騙しの浅いものばかりです。私が本を書くときだって、本当に重要な情報は隠します。それが飯の種になるからです。世に出る情報は質が低いという構造があります。
それでも、素人騙しレベルの情報ならば溢れています。シンギュラリティを、人間の平均の知性を超えることだと定義するならば、既に実現されています。AIは素人を騙せるレベルには既に達しています。
定義し直したシンギュラリティは既に実現しており、これからはその影響を考えるべきです。AIは既に多くの人の仕事を奪い始めています。クリエイターやエンジニアの多くはAIに取って代わられます。ホワイトカラーの多くは仕事を失います。どうするんですかね?私は情報を隠す側なので安泰なのですが、治安が悪化する前になんらかの救済手段が用意されないと怖いな、とは思っています。
2026年9月23日
AIの出力は平均点にしかならないという声をよく聞きます。正解ではあるのですが、問題は、どの母集団の平均点か、です。
ありとあらゆるデータを学習させれば、AIは立派な平均的お馬鹿さんに仕上がります。どの分野でも素人なので、なんの役にも立ちません。
だから私たちがAIを学習させる際には、学習データを厳選します。未だにビッグデータ云々抜かしている素人が多いことに驚きますが、それは私ですら四半世紀前に通過した場所です。
特定の分野について、その分野で定評がある書籍を大量に学習させれば、書籍を使っての学習を終えた人間の平均点が叩き出せます。それは最早、それなりのプロの水準です。若手なんて余裕で蹴散らし、実務をある程度任せられる水準です。だから人間の仕事を奪えます。しかし、それがAIの天井です。
AIが叩き出した100点回答を120点に加工できる人間しか生き残れないという論評も目にしました。これは当を得た意見です。
私も仕事でAIを使いますが、AIの、決して間違っていないという意味での100点回答を、どうやってクライアントの利益に結びつけるべく手直しするかを、いつも考えています。私の作業を120点にするための加工だと言われれば、その通りだと思います。
私は法律家ですが、おそらく、法律を細分化して、教科書レベルの知識テストをした場合、どの分野でも100点を取れないでしょう。よく扱う分野では90点くらい取れると思いますが、あまり親しみがない分野では40点、50点に沈みます。だから全法律でコンスタントに100点を狙えるAIを頼りにしています。その限りでは、AIは私を超えていますが、私は120点を狙うための訓練を受けていますから、AIを踏み台にしてAIでは届かない高みに至れます。私にとってAIは道具であり、脅威ではありません。
最も重要なことなのですが、私のような、100点を120点に加工できる人間は、残念ながらごく一握りです。おそらく弁護士ならば、同じハードルを7,8割はクリアできると思いますが、弁護士という時点で厳しい選抜を受けています。ホワイトカラーの一体何割が生き残れるか。3割生き残れれば御の字ではないかと考えています。
では人類はAIに駆逐されるのか、と問われれば、そんなことは断じてありません。
フィジカルAIという言葉も流行っていますが、その限界はデジタルAIよりもずっと低いです。
デジタルの最大の利点を思い出してください。コピーの容易さです。生成AIも、学習プロセスには膨大なコストがかかりますが、推論プロセスは安価に世界中に提供可能です。生成AIが急速に普及したのはデジタルだからです。
ところがフィジカルAIはデジタルのようにコピーできません。ドローンミサイルは1発たった数百万円だぜ、などと言われていますが、たった数百万円とは何事か。私でも買える価格ではありますが、買ったが最後、ラストエリクサー病が発症して腐らせてしまいます。
人手不足の介護現場もフィジカルAIが支えてくれるなどという妄想も聞きますが、あのなあ、人型ロボットの関節1個作るのにいくらかかると思ってんの?メンテ誰がすんの?人間の力仕事を代替できるロボットの製造コストは、ペッパーくんとは桁が2つ3つ余裕で変わるよ。
と、いうわけで、アメリカの若者にはブルーカラーブームが到来しているらしく、流石の順応性だと羨ましく思います。
それに引き換え日本人はなんなのもう。私はAIに負けないホワイトカラーですから高みの見物ですが、日本人はもっとブルーカラー、特にものづくりを選択肢に入れるべきだと思うのです。安価にフィジカルAIの部品を生産できる技術者は絶対に需要があります。
産業機械に取って代わられる?それは大量ロットに対応するためだろう?最先端の一点ものは常に手作りなんだよ!家だってそうだ。お金持ちは一点ものの注文住宅を求めるんだよ。弁護士だってそうなんですよ。仕事は常にカスタムメイドで非定型な大型事件ほどカスタムの度合いが強いの。だからAIに代替されないの。ホワイトカラーでもブルーカラーでも職人と呼ばれる力を備えればAIなどおそるるに足らず、ということなのです。
なんか、間違った方向でAIへの恐怖を煽る報道が多い割に、差し迫った脅威を前にしてものほほんとしている日本人が多いから、正確な脅威を伝える必要があると思っています。
2026年9月29日
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/03d72ae8db7c068a5cfada55bc742e631207c0e3/comments
少し前の記事ですが、これは酷い。酷すぎる。
チャットどまり、素晴らしいではありませんか。安易に「業務システムと連携した自動化」をさせることは大変に危険だからです。
AIエージェントというのは、その名の通り、エージェントです。代理人です。人間相手だって、与える権限の範囲には注意しますよね。
「業務システムと連携」が、業務システム内のデータを参照しての出力を意味するならば、どんどんやるべきです。効率性を追求するためには情報の一元化が常套手段であり、その情報を利用することは素晴らしいことです。AIエージェントのためのデータ領域を作成して、その領域内では新しいファイルを自由に作成できるとしても、とても便利でしょう。しかし、AIエージェントが業務システム内の既存データを編集できるとすることは、正気の沙汰ではありません。編集提案に対する手動チェックのプロセスは組み込むべきです。
「自動化」というのも怖い言葉です。請求書の発行を自動化、までは良い。しかし、送信まで自動化されたらめちゃめちゃ怖いです。誤請求なんてしたら会社は信用を失うよ。
AIは手が早いが人間ではありえないミスを平然と犯すことを正確に認識していれば、どこまで権限を与えるかは自ずと見えてきます。その判断をショートカットして、なんでも連携なんでも自動化、それができる俺様最先端、とオナニーしている連中が、世にはびこるAI専門家、AIコンサルの正体です。
AIの神格化は馬鹿のすることです。AI開発会社がAIの開発速度を落とそうなどと主張していますが、そんなものは、自分たちの商品は凄いという宣伝であり、開発ペースが落ちた場合への予防線であり、ポジショントークです。真に受ける必要はありません。
現実的な脅威はフィジカルAIです。老人をベッドごと運べるAI搭載介護ロボットが大暴れを始めたら、プロレスラーでも太刀打ちできないでしょう。だから必要最小限のフィジカルパワーしか与えるべきではないし、押しやすい緊急停止ボタンもつけておくべき。無線はハッキングのリスクを負うので、実装すべきか悩みどころです。
脅威は実在しますが、それは、付与する権限や設計の中でいくらでも解消できる脅威です。私が目にするAI専門家・AIコンサルは、過度に危険を煽るか、脅威の在り方を正確に認識できずに危険な権限を与えてしまうか、どちらかなので、さっさと滅びてしまえといつも思います。
2026年9月15日
最近、AI研修で多様体仮説の説明を多く行います。
すごーい!AIは勉強ができるフレンズなんだね!というのは私にとっては当たり前の話なので関心がありません。
そんなことよりも、AIは未知の領域を弱点としている事実の方がずっと重要です。私が日々AIを酷評しているのは、トラブルシューターとして生計を立てている私が扱うのは常に未知の領域であり、AIの苦手分野だからです。
私に限らず、弁護士がAIを使う場合、未知の領域についてを問うことが多いはずです。未知の領域を切り開く際の壁打ち相手としてAIは有益です。返答が圧倒的に早い、わかることはわかる、という長所があるからです。ただし、盲信は許されません。ヒューマン・イン・ザ・ループは絶対に欠かせません。
いくらヒューマン・イン・ザ・ループを徹底しろと言っても、怠け者が多いので従ってくれません。その背景には、AIは勉強ができるフレンズなのだから人間よりも優秀だという錯覚があります。
この錯覚が誤りであることを理論的に説明することが、ヒューマン・イン・ザ・ループを徹底させるための手段となると考えて、私は多様体仮説の説明をしています。
多様体仮説というのは、真実はくしゃくしゃな紙の上にある、という仮説です。
真実と真実は連続して存在しています。していると言ったらしているんです。なぜなら、そこには真理というルールがあるからです。
学問という宗教は、真理を御神体としています。真理とは真実が必ず従うルールです。真理なんて本当にあるのか?と問われたら戦争です。私は真理の存在を証明できるほど賢くありませんが、真理の存在を拠り所としているので、私の存在を守るためには武力行使も辞さない覚悟です。戦争はしたくないので、真理はあるという前提で話を進めます(ジャイアニズム)。
真実と真実が連続して存在する以上、近接する真実を線で結んでいけば、真実の集合体が生まれます。生まれるんです。これを数式で単純に表現しよう、というのが古典的なアプローチです。
私の学生時代は、ノイズとして捨象してしまった現実を拾い上げるために、単純な数式に統計的なパラメータを付け足していました。これが、複雑化の第一歩で、現在のAIも同様の考え方をしています。21世紀への移り変わりには複雑系という言葉が流行っていて、私の研究テーマは単純な数式の拡張でした。
現代の数理モデルの複雑化を支えているのは統計学です。AIは、ディープラーニングという手法を用いて、統計学を取り入れながらの機械学習を行っています。
機械学習の目的は、真実の集合体を再現することです。真実は真理に従うので、真実の解像度を高めれば、真理が浮かび上がってきます。その形は複雑だが連続した形状であるはずです。その形状をイメージするための説明として、くしゃくしゃな紙、という表現がよく使われます。厳密には、人間の脳では処理できない多次元空間の中に真実は存在するので、くしゃくしゃな紙というのはあくまでもイメージです。
真実はくしゃくしゃな紙の上にある、言い換えれば、真理はくしゃくしゃな紙のようだと表現される多様体の姿をしている、というのが多様体仮説です。
ここからがAIの限界についてのお話です。
2016年に、天才数学者フェファーマン博士が、有限の範囲について十分なデータがあれば、その範囲においてはくしゃくしゃな紙すなわち真理の形状を高い精度で再現できることを数学的に証明しました。
これが、AIが学校のテストに強い理由です。テストという有限な範囲については十分なデータを用意できるので、AIがテストに強いことは数学的に証明されています。
ところが、有限な範囲について十分なデータがあれば、という条件が崩れれば、真理は遠ざかってしまいます。真理を再現するためには現実という真実(のデータ)の蓄積を待たなければならないのです。
定型的な業務はAIに代替されていきます。そこには十分なデータの蓄積があるからです。
しかし、私たち弁護士の業務は、常に未知の探求です。社会という真実は複雑な形をしているので、個別具体的な事情を汲んだ判断をなそうとするならば、同種事例の収集が難しい。だから、ありふれた事件に見えても、未知の探求になってしまう。それはAIの苦手分野です。だからヒューマン・イン・ザ・ループを徹底しろとお伝えしているのです。世にはびこるAI専門家の弁護士は、本質は技術論であるのに法的責任論しか話せないから、説得力がないのです。
AIの特性がわかれば、シンギュラリティなんてSFネタに過ぎない、つまりフィクションだ、それでもAIは人間から仕事を奪って社会の形を変える、ということが理解できるはずです。私の仕事は安泰なのですが、AIが社会をどのように変えてしまうのか、それには大変興味があるし、恐怖も感じます。なんか最近、世の中は大変なことになっていると安全な場所から評論することが増えてきました。嫌味な奴だから結婚できないんだ。
2026年4月4日
週末なので自宅でテレビを見ていたら、またも酷い番組が目につきました。
巨大ゴミ(マスコミ)は、いつもは太陽光万歳なのですが、今日は風力万歳でした。どこかの島のエネルギーの8割を風力で賄える、なんて紹介していました。公共の電波で嘘を言うなよ!
そして、アイスランドは再生可能エネルギーだけで電力需要を賄っているのに日本は遅れているという日本批判につなげていました。
日本はアイスランドを参考にせよ、という意見には大いにアグリーです。
アイスランドの電力の7割は水力、3割は地熱です。
水力発電とはダムです。雨が降ったときに水をためておき、治水に資するだけでなく、放水と同時に発電できます。位置エネルギーを蓄えておく電池だと言えますね。山の高低差を活かせるダムは、日本に適しています。
地熱はもっと使いやすい。地球は巨大なマグマ溜まりです。そして、火山の噴火によって島ができます。アイスランドも日本も島国でありマグマへのアクセスが良いので、日本は地熱発電に力を入れるべきだと私はいつも話しています。
私が今日も腹を立てていたのは、アイスランドは再生可能エネルギー!えらい!だから日本も太陽光と風力に力を入れろ!という結論に対してです。ここまで頭が悪いと腸が煮えくり返る。
太陽光と風力にはなくて水力と地熱にはあるものがわかりますか?
答えは簡単、必要なときにエネルギーを得られるかどうか、です。
だいたいお前ら、ダムは村を沈める悪だ!自然破壊の権化だ!そう言っていたよな。太陽光と風力を神格化するレフトサイドのキチガイどもが、同じ口でダムを攻撃対象にしていたことを絶対に忘れません。
人類は未だ十分な蓄電技術を獲得していません。
太陽光は真夏に力を発揮して、冷房に必要となるピーク電力を抑え込みます。その限りでは役立つ。しかし、冬には役立ちません。蓄電技術がボトルネックとなり、真夏の昼に発電した電力を十分に保持できないからです。
風力だって、風がいつも吹いているとは限りません。島の電力の8割を補えるというのは大嘘で、発電されたエネルギーの殆どは無駄になります。どこかで風が吹いているだろうから風車まみれにする、という発想もあるにはあるのですが、洋上からの送電はコストがかかるし、市街地に設置すれば風切音と低周波音という公害になります。
太陽光は部分的に有益だが、必要なときにエネルギーを得られないから主力足り得ない。風力は論外。
火力、原子力、水力に加えて地熱を4本目の柱にしつつ、ピーク電力を抑えるために太陽光にも適度に力を入れよう、というのが私の意見です。あとは予算と技術との兼ね合いですね。もちろん、蓄電技術の開発も進めますが、過度な期待はしません。電気自動車の航続可能距離の変遷を追えば、蓄電がどれほど難しいかわかるでしょう。私も政府議論を追っているわけではありませんが、あまり電力供給に関心がない私でもたどり着ける程度の結論には政府もたどり着いているはずです。
私が腹が立つのは、一瞬で論破できるような議論を延々繰り広げる巨大ゴミ(マスコミ)と自称知識人の程度の低さです。それに騙される国民にも腹が立つ。せっかく脳みそがついているんだから使えよ。
とはいえ、巨大ゴミと知識人が頭の悪い煽りをしても、民意はそれを無視して正しい方向に向かっているので、未来に希望は抱いています。
2026年8月18日
太陽光発電が急速に普及したのは2009年に買取制度が始まったからです。当時は民主党政権、まともなものを普及させるわけがないでしょ?
私が弁護士になったのは2010年末です。太陽光ブームに乗っかってビルの屋上に太陽光発電設備を設置してしばらくしたら雨漏りが始まった。原因はアンカーボルトで防水層をぶち抜く施工不良だった。そんなトラブルをいくつも経験しました。今は施工不良は少なくなったと信じたいですが、そもそも補助金事業に群がるのは反社だと相場が決まっているので、太陽光を扱う業者には疑ってかかるべきです。
太陽光パネルには10年保証がついているのに、パワーコンディショナーが10年もたずに壊れた、話が違う、なんていう法律相談もよく受けたものです。違わないよ。パワコンは1年保証だよ。今はパワーコンディショナーの寿命が伸びて10年保証がついているみたいですが、私はそういう時代を経験しています。
今も環境族が太陽光をワッショイしています。なぜ蓄電池を廃棄する際の環境問題は無視されがちなのでしょうか?酷暑日という言葉が生まれた時代に、蓄電池の設置場所を適切な温度に保つことも困難です。
いずれ環境負荷が少なく高温にも耐える蓄電技術が開発されるのでしょう。太陽光が本気を出すのはそこからです。未来に向けて技術開発を進めることはもちろんなすべきですが、なんでインフラで見切り発車したがるの?つか、環境族は本当に環境事件を扱った経験があるの?私の経験では太陽光発電はいつも悪役だよ?最近は照り返し問題が多いらしいよ。私が弁護士らしい仕事をしなくなったからよく知らんけど。
2026年9月10日
「2035年問題」という言葉を耳にすることが増えてきました。太陽光パネルの寿命は約25年、急速に普及したのは2010年ころ、という計算です。知ってた。さらに、これから蓄電池の廃棄問題も出てくるよ。おじさんは原子力はクリーンエネルギーだと教わって育ったんだ。それは放射性廃棄物に目を瞑れば本当のことなんだ。早く核融合発電が実現しないかな。あと、なぜ地熱発電が普及しないのかなと思っていたら、自然とか観光とバッティングするからなんだね。省エネは日本の得意技だから、そっちで頑張ってほしいと思いつつも、今日もAIをガンガン使って地球環境を破壊しているおじさんでした。本当に申し訳ないと思っている。省エネNPUは割と真面目に日本の勝ち筋だと思っている。あと、LLM開発は諦めるべき。お金がかかりすぎる。日本はものづくりの国なのだからフィジカルAIの関節部品やAIを走らせる半導体を作るのが似合ってる。
研修講師をする際に作成したスライドの中で使いまわしができそうなものを集めました。
AIに作らせたので著作権なんてないため、自由に使っていただいて結構です。ところどころ文字化けが見られますが、これが2025年末から2026年夏ころのAIの実力です。